2015年11月27日

オーストラリアで慶應のペンマークが拝めるらしい

それは10月、オーストラリアのブリスベンで開催されたミタ会でのことだった。最長老の男性が、とても興味深いことを仰られていたのでした。

「実は私、先日UQで『ペンは剣よりも強し』を見たんですよ。」


UQとは、クイーンズランド大学(The University of Queensland)のこと。毎年、世界ランク50位以内には確実にランクインする超名門大学。場所は、ブリスベン中心街から、バスで約15分の所にある。
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調べてみると、大学のwebサイトには、このように書いてあります。
1990年(平成2)年、交換留学協定校であるオーストラリア・クイーンズランド大学からの申し出をきっかけに、慶應義塾大学の新しい紋章が制定された。クイーンズランド大学キャンパス中庭を囲む回廊の石柱の一本一本には、それぞれ世界の著名大学の紋章が刻まれている。同大学の申し出とは、その一本に慶應義塾大学の紋章を加えたいというものであった。
http://www.keio.ac.jp/ja/contents/stained_glass/2004/243.html
だがしかし、webサイト上には説明書きだけで、実際の写真が掲載されてない。ペンマークは本当に存在するのでしょうか?
念のため、UQに通っているシェアハウスのオーナーにも確認してみたら、UQで世界の大学の紋章が見れるのは、どうやら間違いないようです。


早速、ペンマークが掘られた石柱があるという、UQの中庭「グレートコート(Great Court)」に来てミタ\(^o^)/
UQ中庭

地図で言えば、UQのちょうど真ん中にある、半月型をした芝生の広場が中庭です(赤マル部分)。
UQmap

UQの中庭は、建物に囲まれています。建物には回廊があり、中庭を囲むように設置され、一周できます。そして回廊は石柱で支えられ、確かに世界の大学の紋章らしき物が掘られています。
回廊


さて、捜索開始から約5分後・・・
ペンマークを見つけました。本当にありました(笑)
ペンマーク

写真だと若干分かりづらいですが、創立年の1858が掘られています。何気に三色旗仕様になってるし。

場所は、赤丸で囲んだこの辺り。だがしかし扱いが不遇で、若干目立たない場所に立地しています。注意深く探さないと見逃す可能性が大。
UQspace

ちなみにお隣は、京都大学の紋章でした。こっちの方が場所も分かりやすい。親切に「KYOTO JAPAN」とか書いてるし。京都大学を目印にすると良いのかもしれません。
京大

他の日本の大学がないか探してみましたが、どうやらこの2校だけの様です。
早稲田大学とか、東京大学とかありそうだと思ったのですが・・・だがしかし、大学の校章とか自分の大学以外知ってる訳ないので、あったとしても分かりませんが(笑)


まさかブリスベンに来て、ペンマークを見るとは思いませんでした。
オーストラリアに渡米して2カ月半。ここ最近いろいろトラブルがあって、正直ホームシックになりかかっていました。しかし、懐かしい物を見た気がしましたし、ネタ的にも面白いので、元気が湧きました。

だがしかし、如何せん存在がマイナーなのが悲しいです。
ブリスベンミタ会でも知ってる人は3人ぐらいしか居ませんでした。ホームページでもちょろっと紹介されているだけで、写真の掲載がないため、実物を知っている人は殆ど居ないのでは?

なので、熱心な信者の皆さん。
ゴールドコーストに行く暇があったら、ブリスベン国際空港からゴールドコースト特急には乗らないで、是非ともバスでUQに立ち寄りましょう(笑)

UQのキャンパスにはガチな映画館もあるから、きっと楽しいよ(笑)
映画館

tsurutaso at 23:59|PermalinkComments(0)

2015年09月26日

オーストラリアの珍地名『エロマンガ通り』

オーストラリアのブリスベンには、エロマンガ通りという珍地名があるらしい?


以前から、ブリスベンからちょうど西に約1000kmにエロマンガ町があるのは知っていました。
中学の頃には、地図帳でエロマンガ島(バヌアツ共和国)を見つけ興奮した思い出もあります。

ところで、エロマンガ町はクイーンズランド州。僕が居るブリスベンもクイーンズランド州。同じ州だから、公共交通機関を乗り継いだら行けちゃうかもしれない、と妙な期待を寄せてしまいました。

クイーンズランド州の公共交通機関TransLink社の専用アプリで、
eromanga」って検索したら・・・

そうです。冒頭のエロマンガ通りを見つけちゃいました\(^o^)/
eromanga




早速、エロマンガ通りへ行ってみた\(^o^)/
マジでそのまんま、Eromangaって書いてあるwwww
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行き方は簡単。
ブリスベン中心街にある巨大ショッピングモールクイーンズストリートの地下Queen Streetバス停から、ルート200のバスに乗るだけ。約30分後、Kilmoreyバス停にて下車。
Kilmoreyバス停から北へ約100m進むと、左折路が現れます。その道へ左折し更に100m進むと、左手にエロマンガ通りがあります。

小型プロペラ機でしか行けないエロマンガ島よりも、車で不毛地帯をひたすら1000km走らないと行けないエロマンガ町よりも、すごく行きやすいでしょ?(笑)

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さてエロマンガ通りは、全長400mの小さな通りなのですが、大きく3つの特徴あります。

①ぶっちゃけ普通の住宅街
エロマンガ通り

残念ながら、周りを見渡しても店は一つも有りません。エロマンガグッズとか、エロマンガランチとか、エロマンガ酒とか、売ってません\(^o^)/

しかしもしかしたら、エロマンガ通りは高級住宅街かもしれません。何故なら、オーストラリアは木造の住宅が結構多いのですが、エロマンガ通りの住宅はレンガ造りばかりだからです。エロマンガだけに、敷居が高い?

②公園がある
エロマンガ公園?

恐らく、エロマンガ通り唯一の観光スポットです。公園の名前はたぶん・・・・エロマンガ通りに面しているのでエロマンガ公園(本当)。正式名称は、Eromanga Street park。

公園には何があるかと言えば、遊具が数点おいてあるだけ。ジャングルジム?、シーソー、ブランコ・・・はい、閑静な住宅街に立地するだけあって、完全に子供向きの公園です。エロマンガだからと言って、デートスポットには不向きなようです?
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③坂が結構キツイ
エロマンガ通り

ご覧の通り、エロマンガ通りは坂道になっています。写真からは伝わりませんが、中々急です。心臓破りの坂です。

それはまるで中学の頃、合氣道部の合宿で先輩に謀られ、罰ゲームとして人生初めてエロ本を買った時のドキドキ感と似ていた。

tsurutaso at 23:27|PermalinkComments(0)

2015年07月19日

地名から見た鶴田氏(嵯峨源氏)の由来の考察

多くの日本人の苗字は地名由来だと聞く。私も例外ではなかった。
私の苗字鶴田家佐賀県 唐津市 相知町 佐里の「鶴田地区」と呼ばれている所が発祥らしい。

戦国時代に鶴田家(庶流)が拠点とした厳木町(現:唐津市と合併)の町史には、次のように記されている。

鶴田氏は波多家始祖波多持の二男「二郎来」が佐里の鶴田に館を構え鶴田を姓にしたのに始まる。(厳木町史上巻 570頁) 

つまり、鶴田の祖(つるタソ)に当たる人は、「鶴田」と言う場所に領地を与えられたから「鶴田」と名乗ったということだ。
地図で言えばこの辺り。
 

そして、一つの疑問が湧いてきたのでした。
「鶴田」という地名はどのようにして生まれたのだろうか?
 ①鶴たくさん飛翔していた?
  ⇒山のド真ん中に鶴なんて住んでネーヨwwww
 ②弦がいっぱい生えてた?
  ⇒ちょい可能性ありそう
 ③他の鳥を鶴と勘違いした?
  ⇒めちゃくちゃありそう

相知町の歴史書等を読んでみたが、地名の由来を突き止めることはできなかった。地元の人にインタビューするしかない!
ということで早速、鶴田地区があるJR佐里駅へ。

佐里駅

駅から降りて100m程。目の前の川に大きな橋が架かっていた。
鶴田橋

その名も鶴田橋(笑)
image

地元の住職の方(ツルダさん)にお話を伺ったところ、鶴田橋を超えた南側を鶴田地区と言うようだ。
地図で確認すると、このようになる。
鶴田地区 

航空写真でみると、分かりやすい。


さて、鶴田地区は周りを見渡す限り、田んぼ、田んぼ、田んぼ!
田んぼ

バスに乗って~佐賀の県道を走ると~♪周りは田んぼだらけ~♪まるで、弥生時代♪
なんて歌がありましたが、弥生時代とまでは行かなくても、鶴田家が出現した鎌倉時代の面影を残しているようにも感じた。近くのコンビニすら、電車で二駅乗らなければいけないほど、静かな村だった。

地元の住職の方(ツルダさん)曰く、田んぼなるひと昔前は大きな建物がいっぱいあったらしい。今は離散してしまったが、鶴田地区にはツルダさんがいっぱい住んでいたようだ。

しかし、インタビューでは「鶴田」という地名を解明するまでには至らず、鶴田生誕の地を後にした。
ところが、後から調べてみると地名の由来のヒントを解明することが出来たのでした。それは、もう一つの鶴田氏からだった。

鶴田氏は九州で2系統に分かれている。北側の嵯峨源氏系統の鶴田氏(つまり私)と、南側の桓武平氏系統の鶴田氏だ。
そして実際、鹿児島県には鶴田町(現:さつま町)という地名がある。渋谷区を支配した豪族「渋谷氏」の分家がそこを領地としたことで、鶴田氏を名乗っている。

さて、鹿児島県鶴田町の地名由来は次のようになっている。

 大昔の鶴田は湿地が多く、川内川及びその支流など多くの川がくねくねと町内を巡っていた。 嘗かっては、堤防とてなく、水の流に従って川ができているので湿地帯が多かったようで、そのような地形を「水流(つる)」とよんだが、水流田(湿地田)の所というのが地名の起こりという。
(中略) 
古くは言葉はあっても漢字に当てるのは遅かったと考えたく、水流田が鶴田に変化したものと考えたい。
参照:http://www.kvision.ne.jp/~bird/timei.htm
つまり、クネクネと曲がった川にできた土地のことを「水流(つる)」といい、それが「鶴」に変化したということだ。鹿児島県の他に、宮崎県でも見られるらしい。

先程の鶴田地区の地図を見返してみよう。
鶴田地区が川のクネクネした所にあるということがお分かりいただけるだろう?
鶴田地区

佐里の鶴田地区も鹿児島県鶴田町同様、「水流(つる)」が由来の可能性が最も高いことが分かる。

まとめると、佐里周辺の川がクネクネした所にあった農地を「水流田」と言い、時を経て「鶴田」になった。そして、鎌倉時代にそこを領地として与えられた武士が「鶴田氏」を名乗った。ということになる。

【結論】
私の苗字の由来は、ダジャレだった(´・ω・`)

tsurutaso at 23:59|PermalinkComments(0)